『マイティ・ハート/愛と絆』では、アンジェリーナ・ジョリーが演じるマリアンヌ・パール氏は、愛する夫が惨殺されても、決してテロリストに屈しない強い心を持っていました。
では、自分の殻に閉じこもったままの、アダム・サンドラーが演じるチャーリー・ファインマンは、弱い人間なのか?
否。
マリアンヌ・パール氏の場合は、その職業柄もあったし、何よりも夥しいほどの危険が蔓延る場所での仕事だったから、「死ぬかもしれない」ことの覚悟はできていた。でも、チャーリー・ファインマンは、いや、あの忌まわしい2001年9月11日の大惨事に見舞われた方々は、自身がこんな酷い運命を辿ることを、予想だにしていなかったことでしょう。
WTCの両のタワーに突っ込んだ旅客機。一瞬、何が起こったのか分からない。きっとこれは夢。悪い夢。きっとすぐに醒めてくれる。
けれど突きつけられる現実は、あまりにも酷い。これから先、色んな未来を思い描いていたのに。それが全て灰となって消えた。きっとこれは悪い夢。そのはずなのに、目が醒めても、誰もいない。愛する者がいるべき場所に、いない。これからもずっと、こんな身の裂けるような思いをするのなら、いっそのこと、未来永劫『夢』の中で暮らしていければいいのに。
誰一人現実に引きずり出せない、『夢』の中へ 。
『夢』という殻と『現実』という殻。
チャーリー・ファインマンが『夢』という殻に閉じこもっているのであれば、対照的に『現実』という殻に閉じこもっているのは、ドン・チードルが演じる歯科医、アラン・ジョンソン。突発的な事故で殻に閉じこもるのとは違い、慢性的にストレスが重なり、防衛反応的に殻に閉じこもってしまいます。
チャーリー・ファインマンの『夢』という殻を取り払い、元のルームメイトとしてやり直させようと考えるも、彼と話しているうちに、自分自身も『現実』に蔓延る『何か』に怯えて殻にとじこもっていることに気づく。チャーリー・ファインマンのように、目に見えやすいわけではないけれど、話を重ねるうちに、彼自身も、本当は取り払いたい殻に閉じこもっていることに気づいていきます。
その殻を取り払えるのは、紛れも無く自分自身。でも、それに気づかせてくれたのは、『夢』の殻に閉じこもった友人との会話。彼は『夢』の殻から決して出まいと思っていた。でも、血を吐くような思いで『夢』のからから出ようとした。その姿が、アラン・ジョンソンにとって、一つの救いになったのではないかと思います。
あの忌まわしい事件からもう5年以上経過しているのに、未だに癒えることの無い傷。記憶から全て取り去りたいのに、他者の視線は、「もっと身を切り刻め」と言っているようなもの。
きっと、被害者の本当の苦しみや辛さは分からない。でも、そんな彼らを心の底から心配する人の気持ちなら分かる。誰だって、自分の近しい人には、幸せになってもらいたいから。
『夢』という殻から醒めて、「『現実』に戻れてよかった」と思える社会。遠いような気がします。でも、決して不可能ではないと思います。勿論、今を生きる人々の、誠意と努力なしで実現できるものではありませんけれども。