ジェームズ・ボンドのイメージというと、洗練された紳士、シャープで冷酷な暗殺者、というイメージが強いですが、今作のジェームズ・ボンドはそのイメージとはかけ離れた、というより、真逆の印象を受けます。
90年代末、携帯電話が一般家庭に登場したものの今よりもずっと普及率が低い時代に、携帯電話を持っていることで優越感に浸る高校生のような。「オレってもう大人なんだぜー」と、携帯電話持っているだけで大手を振って大人の仲間入りをする『振り』をする、それと同じような感じを受けます。言うなれば、『00』の称号を得た事で、無理矢理自分を背伸びして『華麗で冷徹な暗殺者』を装っている、とでもいうのでしょうか。
ダニエル・クレイグがそういう印象を持つ俳優でないとは思いますが、少なくともピアーズ・ブロスナンでは無理でしょう。あれだけ洗練されたダンディーさを醸し出しているピアーズ・ブロスナンに、初期の初々しいジェームズ・ボンドを演じるのは困難かもしれません。
というわけで、この映画はジェームズ・ボンドというより、一人の英国諜報員の初任務を描いた映画、という方がしっくりくると思います。その、ただの諜報員が活動の最中であまりにも残酷な経験をすることで、初めて本当の意味での『ジェームズ・ボンド』が誕生する、という感じでしょうか。
ですので、今までの作品の『ジェームズ・ボンド』像を想像していた人から観れば、賛否両論なのかもしれません。だって今作はあまりにもヤンチャで、無謀なところがありますから(笑)。
世界各国の『007』ファンが、原作の第一作『Casino Royale』の映画化である今作のジェームズ・ボンドに、ダニエル・クレイグを起用した事に失望し、今後は『007』を観ない、というボイコットをしたのは懐かしい話。それもそのはず。今までのジェームズ・ボンド役をこなした俳優が、錚々たる人物ですから。
しかしよくよく考えてみると、初期のジェームズ・ボンドを、今までの俳優が演じていたらどうなっていたか。勿論、『00』の称号を得て間もない時に、既にダンディーさに溢れている、というのもちょっと不自然な感じがしますし、その洗練されたダンディーさを以って演じた彼らが、一転喧嘩っ早いやんちゃな駆け出し諜報員を演じたらどうなるか。
多分、それこそ『007』ファンがかけ離れることになるのでは、と。
実際、僕はダニエル・クレイグが出演している作品はあまり観た事が無く、「こういう色をした俳優なんだ」という自分の中での解釈が成立していないので、そういう意味ではこの映画に割とすんなり入ることが出来ました。そして、ラストの一連の任務を終えて過酷な経験を積んだことで、本当の意味での冷酷なスパイになったジェームズ・ボンドの眼光といったら…!
「ああ、ここからが本当の『ジェームズ・ボンド』の話なんだなぁ」と思います。
まずは、『007』シリーズの映画、としてでなく、『一人の英国諜報員』の映画としてご覧になって下さい。最後、本当の『007』が確立するのを、目の当たりにするはず…!