忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/03/29 17:07 |
[Review] グラン・トリノ
グラン・トリノ人の身体には、傷や皺だけでなく、時と共にその時代が刻まれる。それは身体の記憶。たとえ心が忘れても、身体が憶えている時がある。時にそれは自らの救いの手となり、時にそれは悪夢のような残酷さを帯びる。
彼の身体に刻まれた時代の記憶は、永く閉ざされてしまった彼の頑なな心情を物語っていた。
戦争に借り出され、火薬と硝煙にまみれた戦場の中で、今でも鮮明に蘇る、人を殺した瞬間。彼の身体に刻まれたのは、今の子供達が夢中になるようなテレビゲームや、ストレス発散のサバイバルゲームのような『ごっこ』ではない。殺されたらそこで生命が終わり、殺したらその時点で自分の身体は永久に消えない血と罪で埋め尽くされる。それ以降の時代を身体に刻み込むことなど、彼にとってはまるで無意味と思えてしまうくらいに。

  「時代は絶え間なく変わっていく。その時代に合わせて、自分も変えていくべきだ

その考え方は間違ってはいない。だがお前らに何が分かる? 人を殺したことも無い、殺されるような切迫した状況に置かれたことも無い、無数の血と死体で埋め尽くされた大地の上でのうのうと生きているだけの、知ったふうに未来と理想を語るお前らに、一体俺の何が分かる?

彼の肉親でさえ、今では彼から最も遠い人間となってしまっている。

そんな時、彼は一人の少年に出会う。無口で、不器用で、変わりたい、脱皮したいという渇望をその目に僅かながらに宿らせながらも、その一歩を踏み出せないでいる少年。でもその少年は、「今を懸命に生きたい」という気骨がある。不器用ながらもその一歩一歩を確実に踏み出している少年。今の若者のように、生き急ぐかのように足早に歩くことでも、足を踏み外すことをまるで「かっこいい」と勘違いしているわけでもない。でもその臆病さは、間違えればその道に足を向けてしまいうかもしれない。
人と関わることを忌み嫌った、いや恐れた男は、恐らくこう思ったのかもしれない。彼のような人間は、今の時代にはそぐわないかもしれない。時代遅れと貶されてしまうかもしれない。でも、彼のような気骨は、今の時代に必要なのかもしれない。不器用だし、臆病だし、無垢で頼りないけれど、「アウトローで生きることはかっこいい」と思っている連中よりはいい。
だからこそ、彼は死なせたくないし、その手を血に染めさせたくない。彼の手は、彼の身体は、その後の時代を克明に刻むのに必要だから。もう俺の身体は、これからの時代を刻むには老い過ぎている。


主演のクリント・イーストウッド氏の口が、への字になり、銃を片手に身体から覇気を撒き散らそうとしている時、BGMには何やら勇ましい音楽が。その勇ましさをジョークっぽく表現しているのは如何にもクリント・イーストウッドっぽいと思ってしまう一方で、それを自分自身に当てているのは何かのネタか? と思ってしまいました。でも結局のところ、それはこの作品を彩る要素の一つに過ぎなかったのですが。
彼の作品を鑑賞するといつも思う。いたってシンプル。ドキドキワクワク感もほとんど無い。今を象徴するかのようなVFXも。彼とて、別に大ヒットすることを狙って作ったわけではないかもしれない。『クリント・イーストウッド』というネームバリューを駆使しているわけではないかもしれない。
それでも、何故彼の作品にこれまで心を強く打たれるのでしょう。多分、彼ほど人間の本質を深く抉り出した作品はないかと思います。大抵の人間は、抉り出された人間の爛れた本質を照らし出されると逃げ出してしまう。なのに、それでも人が見入ってしまうのは、彼の「爛れた人間の本質」の照らし方なのではないかと思うのです。冷酷に淡々としているだけでなく、それは人間誰しもが持っている、貴方だけではない、だから爛れた本質を持つのは恥ずかしいことじゃないと、暖かく光を当てるかのように。但し、それと真剣に向き合わなければ、人は変われない。主人公は、そのままずっと人との交わりを拒み続けながら孤独のままに死ぬし、少年は臆病でいつまでも一歩を踏み出せず惨めな大人になる。それを嘲笑うアウトローたちも、アウトローから抜け出せずに一生を終える。

こんなこと、彼の人生のまだ数分の一しか生きていない僕が言うのはおこがましいくらいです。だって、僕は彼と対峙できるような人生を送っているわけではないし(やはり現代の生ぬるい環境で生きる人間の一人に過ぎません)、やはり同じように爛れた部分があるけれど、それを隠さずに受け止めて、面と向き合って生きているとは言えないから。


そんな迷える人たちを、冷たくも暖かく見つめているグラン・トリノ。物言わぬ『彼』だけど、そんな『彼』もまた、彼らと同じように、過ぎ行く時代を刻み続けた、ボロボロだけど直向に生きる姿を象徴しているのかもしれません。

拍手

PR

2009/04/25 23:40 | Comments(0) | TrackBack() | Review - Movie

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<[Review] レイン・フォール/雨の牙 | HOME | [山形] 置賜さくら回廊>>
忍者ブログ[PR]