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2017/01/18 02:21 |
人は一人では生きられないと実感する瞬間
僕は基本は一人好き。集団行動は大の苦手なんです。

友達と一緒に旅行に行っても、僕だけフラッと寄り道したり。遅れて集合した時の友人の一言は、「どこかで狩りでもしてきたの?」。オレは孤高のハンターかっつの。でもそう思われても仕方ないくらい、集団から離れて行動してしまいます。半ば無意識に。
こんな性格であることを重々承知していますので、自分が計画する旅行とかのプランは、よほどのことが無い限り自分一人だけ。人を巻き込みたくないなんて対面上では取り繕っても、本心は自分の行動を制限したくない。結局のところ、自分の『一人好き』の性格も、自分の我侭や自分勝手が生じさせてしまった欠点でもあります。
誰かを巻き込んでいないだけ良しとしよう、と一方的に納得してしまいますが。


そんな僕も、最近になって『一人ではできない、もしくはやりきれない』と思うことが顕著に多くなりました。遅い目覚めです。
(それ以前にもありましたが、瞬間的、もしくは一過性の出来事で、一人でやりきることができましたが……)

かつては、歳を取るにつれて、今まで人の手を借りながらこなしていたことが一人で出来るようになり、大いに喜んでいましたが、今は歳を取るにつれて、やることなすこと複雑になり、量も多く質も一定以上を求められる。それらを何とか自分でこなしても、振り返ると、出来ていなかった部分、抜け落ちていた部分と、徐々に綻びが露呈されてきまして。
また、他の人が普通にできていることが、自分ではできていない。単純にそれを行うだけの時間も手間隙も無い、というのも勿論ですが(言い訳がましくてスミマセン)、一番良くないのは「今どうせ一人だからできなくても大丈夫」と高をくくっている自分の心。これから先必要な時が来るかもしれないのに。今不完全でも形にしておかなければ、絶対に後悔すると分かっているのに。


要は、片づけがヘタクソだから、それを見守るもしくは指摘してくれる人が必要ということになります。

別に↑のように、ギャグっぽくフォントをいじるまでもないことなのですけれどね。誰かと一緒に行動していると不便に感じるものでも、一人で行動する分では、割と不便とは感じなくなる。そんな考えがズルズルと引きずっていくと、いつの間にか他の人から後れを取ってしまい、結果として、欠点となり他者に対する劣等感になってしまう。
常日頃から最悪だと思っている自分の性格ですが、やはりそれでも自分で動こうとはしない。自分だけの世界にどっぷり浸かっちゃっているから。そんな時、僕の行動を、僕の考えを窘めてくれる、戒めてくれる『誰か』の存在というのは、凄く助かったりします。


一人が好きで、一人での行動が好きで、そんな僕が、「一人では生きられない」と思うようになる瞬間。これからは考えだけではなく、一層行動に移して、人とのかかわりを大切にしようと思った秋の夜長でございました。

これを書いている記事をよくよく見てみると、代わりにやってくれる人が必要ではなく、それを見守るもしくは指摘してくれる人が必要なんですよねー、自分の考え……
やることなすこと、複雑化して、量も増え質も求められているのに、誰かに肩を預けてお願いする、というより、自分でやるからちゃんと出来ているか(覚えているか、こなせているか)を見ていてほしい、と考えているあたり、やっぱり『一人好き』の性質なんだろうなー、と思ってしまいました。

無意識に考えているから、偽善ではないとは思うけれど(そう思いたい!)、客観的に自分を見つめなおしてみると、やっぱり我侭な自分勝手人間なんでしょうな。
なかなかこのジレンマからは抜け出せない…… もう性格というか、性質になっているんでしょう。。。




結局は無いもの強請り……?

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2007/11/08 22:51 | Comments(0) | TrackBack(0) | Diary

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