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2026/03/31 13:49 |
[Review] ナショナル・トレジャー
ナショナル・トレジャートレジャーハンター映画のコンパクトサイズ版、とでもいうべき映画でしょうか。財宝のありかを一つ一つ糸を手繰るように見つけながらも、世界をくまなく捜し求める、というものではない、というのが、観る人にとって分かりやすかったのではないかと思います。
『オーシャンズ12』も、変に舞台を広げすぎたために、初見だけでは最終的に何がどうなったのか結局分からずじまいになりがちです。限られた時間内で、如何に分かりやすく頭脳戦を張り巡らせ、緊張感を保つ映画に仕上げるかについて言えば、主にニューヨークやワシントン界隈で財宝探索が繰り広げられるのは良かったと思います。
主人公一味に対抗するシンジケートの存在は、こういう類の映画では王道ですが、更にそれを追う存在を盛り込ませるのも、物語の緊張感を高める上で良かったと思います。

素人視点で恐縮ですが、難を言えば近代的過ぎるところがあったかも、というところでしょうか。
アメリカ合衆国独立宣言書を盗み出す際、最新鋭の機器を用いて様々なセキュリティを突破するところとか。マンハッタンの中を陸海空全ての方向から追いつ追われつの駆け引きをするところとか。
でも、こういう最新鋭満載の都市空間の中でも、『意外性のある展開』を見出し、それを引き出すのは舌を巻きました。こういう展開って、秘境の中でこそできるものだと思っていましたが。

また、トレジャーハンターの映画は、ラストを描くのが特に難しいと思います。
あっけなく宝が見つかれば、それはそれで今までの興奮から一気に覚めてしまうし、宝は見つからないけれど『その挑戦』が真の宝なんだ、なんて突きつけられても、それも萎える一要素だし。
ただ、じゃあどんな展開が一番いいのか、といっても、僕個人としてはあまりいい案は浮かびません。それこそ、目的の宝を見つけた後でその争奪戦が繰り広げられる『パイレーツ・オブ・カリビアン』のような展開であれば、結構うけたんじゃないかと思うのですが。さすがに二番煎じは通用しませんよね。本当に映画好きの人に対しては。

そういった邪まで余計な考えを持たずに、素直にトレジャーハンターの冒険の過程を楽しむ上では、面白い映画だと思います。

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2006/01/22 15:48 | Comments(0) | TrackBack() | Review - Movie
[Review] 博士の愛した数式

博士の愛した数式

 「僕の記憶は、80分しかもたない」


他者に宣告されるより、自分の取った行動がそうだと自覚させられることの方がどんなに辛い事か。
寝た明くる日の朝訪ねてきた人は、例え過去出会った人でも、昨日であった人でさえも初対面。それどころか、80分前自分がとった行動ですら忘れてしまう。それがどんなに辛く苦しいことなのだろうか。

既に小説を読んだ後なので、大体の話の道筋は分かる。でも、映像と音に合わせて改めて観ると、『自分の記憶が80分しかもたない』ことの苦しさが切々と伝わってくる。
自分の症状を十分に自覚している主人公の博士にとって、数字は他者とのコミュニケーションを取る上でうってつけの道具だ。靴のサイズを聞いたり、誕生日を聞いたり、電話番号を聞いたり。その一つ一つの数字の散りばめ方を見て、大袈裟とも取れるくらいの褒めちぎりをする。小説にもあったが、まるで数字が博士にとって、『他者からの攻撃をガードしてくれるシェルター』であり、『自分の苦しみを紛らわせてくれる道具』だ。
でも、次から次へと変わる家政婦は、皆数字には無関心。結局、博士の口から発する数字は、シェルターにも道具すらにもならず、ただただ自分の苦しみを浮き彫りにするだけだった。

ところが、新しく入った家政婦は、最初は博士の行動を訝しげに思いながらも、次第に興味を持つようになる。彼女だけでなく、彼女の息子も。ようやく、博士の口から発する数字が、深い意味を帯びてくる。
今まで自分だけが抱え込んでいた苦しみを、ほんの僅かでも共有してくれる人に巡り合えたことは、本当に『友愛数』を見つけるに等しいことだったに違いない。
博士が一番愛した数字は『素数』であり、博士が一番愛した数式は『オイラーの公式』だけど、それ以上に、自分と『友愛』の関係を持てる人に出会えたことは、博士にとって何物にも変えがたい衝撃だったと思う。

また、映画では、小説では語られなかった未亡人(=博士の義姉)の、博士に対する気持ちも綴られている。博士が自分の記憶障害で苦しんでいるのと同じように、未亡人も自分がかつて犯した過ちに苦しんでいる。
それを、家政婦という立場でありながらも、一筋の光明として明るく暖かく照らしてくれる女性との出会い。未亡人もまた、家政婦の働きによって救われた人の一人であるに違いない。


昨今、物騒な事件が立て続けに起こる中で、他者が信じられなくなり、他者の行動に無関心になりつつある。近隣の住民はおろか、家族の中ですら亀裂が入る時代である。
そんな世の中だからこそ、是非観て欲しい。何気ないけれど、穏やかで暖かい日々の生活がどれだけ大事か。また、ほんの取るに足らない数字の羅列だけでも、そこから見出す何らかの『発見』が、如何に生活に潤いをもたらすかを。

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2006/01/21 23:45 | Comments(0) | TrackBack() | Review - Movie
[Review] レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語
レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語不覚にもハラハラドキドキしてしまいました。話の先が読みやすい映画であるにもかかわらず。ジム・キャリーが出演しているから、相当ボジティブな物語と思っていたのがそもそもの敗因(なんの?)。

でも、そもそもこの話自体が『不幸』を『不幸』と捉えず、笑いの一部として道筋を持っていこうとするジム・キャリーの演技と、それを持ち前の発明と本によって蓄積された知識と、奇想天外の歯の強さで突破していく力が、この映画の持ち味だと思います。
単にダークネス満載に仕立て上げるのではなく。子供にも普通に楽しめるように。また、登場人物の子供たちの強かさも、観る者に対してアピールできるように。


それにしても。

オラフ伯爵も何とまぁゴキブリ並みのしぶとさと執念の持ち主なのでしょう。加えて、子供たちを死に追いやろうとして画策する数々の罠といったら。
現実世界に照らし合わせると、見事に穴だらけですが。まぁ突破口が一つでもないと物語としては面白みも何も無いでしょうけれど。ただの不幸話に終わってしまいますから。
それをいうなら、彼らを取り囲む大人たちも大人たち。オラフ伯爵の姦計にまんまとひっかかる様も、もはや滑稽としか言いようが無く。ワクワクして幾つかの罠を突破して、何とか難を逃れたと思いきや、オラフ伯爵の下手な演技にまんまと騙され、子供たちは落胆。

言いようの無い歯痒い事態が次々と巻き起こりますが、それを乗り越えていく子供たちの勇気と知恵には感服いたしました。
たとえ、この先どんな不幸が待ち受けていても、彼らにとっては「きっと何かしら突破口がある」と思いながら、乗り越えていくのでしょう。

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2006/01/20 00:18 | Comments(0) | TrackBack() | Review - Movie
[Review] ヴァン・ヘルシング
ヴァン・ヘルシング何と言うか、あまりにも中途半端すぎる映画。『西洋悪役オールスター映画』という感じがしたくらいで、話の流れとしては何だか分からないうちに終わってしまった、という感じ。特にラストの展開は正に尻切れトンボ。
ハリウッドで流行のアクションスペクタクルを、19世紀ヨーロッパに見立てただけなので、そういったアクションや映像の視覚効果だけを楽しむためだったらいいのかもしれません。

ヴァンパイアにフランケンシュタイン、ジキルとハイドに人狼など、至れり尽くせりの悪役が登場しますが、ストーリーを重要視するのであるならば、その内の1つないし2つに絞って展開させたほうが見ごたえはあったのかもしれません。
前に観た『ブラザーズ・グリム』は、それぞれのグリム童話の描写を小技を利かせて表現していました。それでも微妙だったのに。今回はただ単純に悪役が登場して、ハンターに倒されるだけ。それぞれの悪役が登場する話とリンクさせる欠片の一片も観る事はできませんでした。製作者側の、「こういう物語に登場する悪役が内外入り乱れたアクション映画であれば、きっとうけるだろう!」という半ば浅はかな魂胆が目に見えたようでした。それだったら、アクションスペクタクルに重点を置いて、シンプルな物語の道筋をちょこちょこっとアクセント加えたほうがよかったと思います。
結局、主人公の正体も何だかよくわからないままでしたし。

最近のアクション映画は、話の展開よりも如何にド派手に見せるか、というところに重点を置き過ぎている感じがしますが、気のせいでしょうか?
昨今、色々な視覚効果を表現するツールや技術が日進月歩で進化していて、如何様にも表現できますので。
まあ、映画もエンターテインメントの一つですから、それが見所だ、と言えば、それまでだと思いますが。

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2006/01/18 19:59 | Comments(0) | TrackBack() | Review - Movie
[Review] Ray
Ray『ソウルの神様』と呼ばれた、盲目の天才ピアニスト、レイ・チャールズの物語。幼い頃に失明になった彼に対して彼の母が言った言葉が、

「あなたを盲目だとは言わせないで」

だった。
母は、当時の黒人という人間差別に更に追い討ちをかけるように失明になった彼に対し、どんな艱難辛苦が待ち受けても、決して諦めないで立ち向かって、という言葉だった。けれど、彼にその言葉は届かなかった。彼は『逃げる』ことで、必死に己の弱さを隠そうとしていた。母親の約束どおり、「自分は強い」と見せかけたのだ。

また、彼は不器用でもあった。本当の自分の気持ちを、『音楽』でしか表現することが出来なかった。「黒人で目が見えない人間にとって、できることは少ない」という彼の言葉は、正にそれを反映しているのだと思う。
やがて音楽として成功を収めたとしても、全てが自分の思うようにはいかない。家族のことだとか、ギャラの取り分だとか。だから彼は更に『逃げ』の手に出る。『薬物』という手に     


人間は誰だって弱い存在です。自分一人の力でできることなんて数少ないし、思い通りにいくことなんて、もしかしたら人生で両手に数えるくらいしか無いかもしれません。
それでも、それに『立ち向かう』のと『逃げる』のでは違います。『逃げて』しまえば、それだけの報いが襲い掛かります。まぁ、客観的に見れば『逃げる』選択でも、リスクは伴いますから、本当の意味での『逃げ』という選択は無いですが。
もし彼が、『逃げ』の選択のままで幸せだと感じていたのだとしたら、それはそれで良かったのかもしれません。その時、『レイ・チャールズ』に対するファンの視線は、どうなっていたのでしょうか……

音楽は彼にとって自分の気持ちの捌け口ではあるけれど、彼が自身の強さを取り戻すことによって、その響きは一層磨きを増していきました。
一部の人だけでなく、本当に世界中の人々から愛されるだけの音楽に。彼の大きな『Soul』を吹き込んだ、偉大な音楽は、色々な人に笑顔を与えたに違いありません。


最後に。
ジェイミー・フォックスは本当に素晴らしかったです。先に観た『アビエイター』も、主人公の苦悩を描いたものですが、僕個人としては、より人間の『弱さ』の部分に響くものでした。

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2006/01/17 14:36 | Comments(0) | TrackBack() | Review - Movie

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