まともなものを挿んでみました。
きたがわ翔の漫画です。
有名どころで、「B.B.フィッシュ」とか「HOTMAN」とかがありますが、
僕が一番すきなのは、「C」というオムニバス形式の漫画で、しかもその内の10巻です。
Conmplexの頭文字「C」をとった漫画で、色んな分野・角度から見た人間のコンプレックスが描かれています。
1~3巻:「男性失格」
4~6巻:「マゼンタ・ハーレム」
7~9巻:「モンロー・ジョーク」
10巻:「ほんとうの行方」
というテーマ(ここでは、各々のテーマの詳細は書きません)で構成されています。
で、何故そのうちの10巻が一番好きなのか、というと、『一番僕自身に近いから』というところでしょうか。
主な登場人物は4人。
●両親に先立たれ、引き取られた親戚にも疎まれながら毎日を過ごす主人公
●父親が性犯罪を犯し、その子供としてさげずまれながら生きているヒロイン
●父親がヤクザであるため、周囲から恐れられながらも心の拠り所を探すいじめっ子
●ヒロインの父親にレイプされ自殺した娘を持つ、主人公の相談役の中年
それ以外のキャラクターも、それぞれの『孤独』を持ち、それに苛まれながら生き、
本当に仲間を、友達を作るということはどういうことか、本当に「強い」というのはどういうことかを問う内容です。
25年間でいろいろな人に出会って、いろいろな別れを経験したけど、
今でも「死別」というのには慣れません。
「死ぬ」ことを目の当たりにして、自分自身が先に進めなくなるのなら、いっその事、友達や仲間なんていらない、と、本気で考えたこともあります。
それでも、「孤独」というのは纏わりついてくるもんです。
ある漫画の、あるキャラクターのセリフ(今回の漫画とは別)ですが、
「人を蘇らせることは、どんな力を持った神でも実現することはできない
だから人は、亡くなった人の分まで、精一杯生きるんだ」
20年以上生きて、それが分からなかった、ということではないけれど、
言葉にするのとしないとで、その伝わり方、胸の中への浸透の仕方が違ってきます。自分自身結構救われてます。
人は一人では生きていけない。
人は一人では強くなれない。
だから、友達を、仲間を作っていくんだな、と、
この漫画は、改めて自分自身に言い聞かせる力があるんだと思ってます。
たった一人でも、自分が大切に思っている人、自分を大切だと思ってくれる人がいるからこそ、
「生きる」って、すごく重要な意味があるんだと思います……
オヂサンは大変嬉しく存じます。
前作までこしゃまくれたクソガキでしかなかったハーマイオニーが、見事なまでに可愛さ溢れる美少女に育ってくれるとは。それだけでなく萌えポイント急上昇というのも、また感涙の極み。
いきなり暴走した出だしでスミマセン。内容によっては人格を疑われてもおかしくなさそうですが(自分で書いといて)。まあそれでも『賢者の石』『秘密の部屋』に比べれば、ハーマイオニー・グレンジャー役のエマ・ワトソンは、すごく魅力的になったと思いますよ。
前作までの役どころの背景は、自分がマグル出身であるが故に、その劣等感を押し殺そうと必死で勉強し、純血の魔法使いと引けを取らない存在であるとアピールするためでもありますが。『アズカバンの囚人』では、そんな彼女も女の子らしく、柔和な表情を見せています。勿論ハーマイオニーらしい過激なシーンもありましたけど(笑)。
『アズカバンの囚人』は、これまでの作品の中で一番好きな作品です。アズカバンから死刑囚が脱獄し、それと同じくハリー・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校で起こる数々の怪異。複雑な部分はあるものの、それをシンプルに分かりやすく描かれていますし。
やはり何よりも、『賢者の石』や『秘密の部屋』と比べ、『魔法』をエンターテインメントに仕上げている、というところでしょうか。
実写版のファンタジーでは、『ロード・オブ・ザ・リング』にしろ、どこかしらダークネス満載なところがあります。「主人公に危機が迫る」とか、「黒い影が忍び寄る」とか。原作がそうでもあるので、それは致し方ないところではあるのですけれど。ただ、そんな中でも『魔法』を使った面白さを引き出したところに、映画としてのエンターテインメントを感じました。
そういう意味では、これまでのハリー・ポッターシリーズの中で、一番僕が好む『魔法』を感じ取ることができる作品であると思います。
世界的に大人気のファンタジー小説の映画であるだけに、小説の細部に至るまでリアリティを出したはいいものの、逆にそれが色濃く出てしまうと『恐ろしい映画』と思われてしまうのはもはや宿命でしょう。だからこそ、エンターテインメント性を十分に含んだ映像が少しでも散りばめられていれば、幼い子供でも『魔法の世界』に引き込むことができ、十分に楽しんでもらえると思います。
そういうファンタジー映画になってもらえると嬉しいですね。
単なる、VFXをふんだんに駆使した、いわゆる『今時の』ファンタジー映画に仕立てることなく、まさに『海賊そのものの世界』を引き出しています。興奮の渦に巻き込ませるようなダイナミックなアクション、サスペンス映画も顔負けのどんでん返しの繰り返し。色々な要素が混じっただけに、相当なボリュームの映画になりつつも、それぞれの要素が中途半端になることなく、見事に一つの物語として織り成しているのは、ひとえにこの映画のキャラクターの賜物なのでしょう。
僕が個人的に挙げるとすれば、2人。『ジャック・スパロウ』と『エリザベス・スワン』
『ジャック・スパロウ』演じるジョニー・デップは、もはや言わずもがな。ここで云々述べる以前に、彼の魅力は十分に観る者を魅了しています。
単に気の狂ったような風体を衆目に晒しながら、どこか人を寄せ付けず、且つ誰にも自分の心のうちを読み取らせようなんてしない。掴み所が無く飄々としていて、信用に足りるかどうか、まぁ海賊なんだから信用できる方が普通ではないですが、それでも彼に魅了されるのは、多分どちらかというと、『ジャック・スパロウ』よりも『ジョニー・デップ』だからではないか、と。
何がどうなっても存在感がありふれる俳優なので、正に彼が『主役』というのは間違いないのですが、だからといって、他のキャラクターをグイグイ引っ張る、というわけでもなく、底上げで支える、というわけでもなく、キャラクターを覆い被せてしまう、というわけでもなく。
一人でも輝けるのに、更に他のキャラクターを輝かせ、その輝きがより自身を輝かせる。そんな特別な俳優だからこそ、『ジャック・スパロウ船長』に適役だったのでは、と思います。
『エリザベス・スワン』演じるキーラ・ナイトレイは、実は僕はこの映画で彼女の存在を知りました。
ただのおしとやかな箱入り令嬢を演じるのかと思いきや、大胆不敵のおきゃんな女性でビックリ。しかも、そんじょそこらの恐怖に対して動じる事は無く、逆に、今ある自分の担保を掲げて、駆け引きに乗り出すくらい負けん気の強い女性は、この映画をより深みのある面白さに誘っていると思います。
ただ単に助けを求めるだけのお姫様じゃ、平坦すぎていささか面白みが欠けたからなのかもしれませんね……
その他にも、ジェフリー・ラッシュやオーランド・ブルームといった、魅力的な俳優がずらり。
彼らが輝き、その輝きがそれぞれに影響を与え、共に輝くからこそ、この映画の冒険ファンタジーに、一味も二味も違う面白さを引き出しているのだと思います。
記憶力低下防止のため(20代半ばのセリフではありません)。
というより、周囲の勧めとか、流行に乗って飲んでるのですが、
未だに、効能を実感したためしがないのです。
服用したすぐに効能が発揮して、且つ「お? 記憶力が増強したぞ!」と
手に取るように実感できるようなサプリメントってないですかね…
いや、別にファンケルが悪いというわけではないのですが。
というか、諸悪の根源は僕なんですよね。
記憶力の使い道を間違えている、というのが。
例えて言うなら、参考書のポイント事項はそっちのけで、
コラムの部分だけ無駄に記憶している、という感じです。
記憶力以上に、お金の無駄遣いですよ。トホホ…
