僕は、少なくとも僕は、明治維新、二回にわたる大戦、そして高度経済成長の後に生まれた人間なので、当然のように、彼らが生きた時代を知りません。授業の日本史とか、書架に並べられている書物を見る限りのことを知っているだけですので、基本的に、この時代に生きた人達の本当の姿は知りません。
同じ日本人でありながら、同じ日本という国に生まれながら、観客としての僕の感覚は、トム・クルーズが演じるネイサン・オールグレンと殆ど似ています。まるで『違う国』。まるで『奇異な国』。でも、如何に映画の世界とはいえ、この『ラストサムライ』に映し出されている風景や、そこに住む人々は、確かに生き、確かに息づいていました。僕は、いや、僕たちは、彼らの礎の上に、今を生きている。
主演のトム・クルーズは、監督のエドワード・ズウィックは、単に『侍』『武士道』『名誉』という、有形無形問わないその『美しさ』に魅了されて、この映画を作ったのでしょうか?
それとも、江戸時代から明治時代へと変わっていく日本の激動を、『題材』として映画を作ったのでしょうか? 彼らは、この『ラストサムライ』の『何』を、世界に発信したかったのか?
勿論、日本の歴史と伝統文化に魅了された、というのもあるのでしょうけれど、僕は、この『ラストサムライ』を通じて『世界』に発信したい『メッセージ』として、『得るもの』と『失うもの』を描きたかったんだと考えます。
明治初期の頃は、多分、今とは比べ物にならないほどの激動の時代だったのでしょう。西欧文化は、当時の彼らにとって見れば、いわゆる『異物』でしたから。約260年にも続く『変わらない世界』がいっぺんにして変わってしまう。『毎日が変化』のような時代に生きる僕たちのような順応性はほぼ皆無に等しく、それに乗じて儲かる者、適応せずに淘汰される者と、同じ『日本人』なのに、くっきりと二分されてしまった。
前者は、その後何代にも及びそうな莫大な資産と権力を得る代わりに、『武士道』を失った。後者は、自分たちが先祖代々より信じ続けてきた『武士道』を守り抜くために、『武士道』という対価を支払わなかった。だから彼らは、『近代化』を得る事は無かった。
何かを得るためには、何かを失わなければならない。『失う』というと、ネガティブに聞こえそうですので、ここでは『支払う』ということと同義です。前者は、資産と権力の方が、『武士道』よりも価値があるものと思って飛びついたのでしょう。けれど、それが必ずしも自身を『幸せ』にする結果にはならなかった。
後者は、決して便利で快適な生活は得られなかったが、その代わり、何が何でも死守したいもの=『武士道』 を貫いた。そのために死んだ。けれど、彼らはそれでも『幸せ』だった。自分が死守したいものを曲げずに生きてこれたから。
安物買いの大損、という言葉にもあるとおり、大抵、何かを得て『得した』と思う人は、その得が大して活きることなく、結果的にあまり得していない事になる。対して、何かを得ても『損だったのでは』と思う人は、結構、「あの時得てよかった」と思ったり。意外と損得勘定というのはとんとんだったりするんですね。
それが、最後のシーンで如実に表れています。渡辺謙が演じる勝元盛次は、近代化した日本帝国軍に討たれながらも、「見事だ」と言って逝きます。「自分の信じたものを失わず、最期の最期まで貫いて『良かった』」と思う。その反対に日本帝国軍は、その『武士道』に感銘を受け、最後は勝元の死に様に皆土下座をしてしまいます。近代兵器を手に入れた彼らの気持ちは、「これで『良かったのだろうか』」。
かつての日本の文化や生活、そして『武士道』に感銘を受ける人、受けない人、理解できる人できない人、皆それぞれでしょう。決して、日本人だって、全員が全員、かつて日本人が大切に守ってきた『武士道』を、完全に理解できるとは考えていません。
勿論、だからと言って僕が「『武士道』を理解できたのか」というと、そうでもない。多分、僕のような人間が軽々しく『武士道』なんて言いも書きも出来ないくらい、当時の人たちにとって見れば、命と同等に、いや、命以上に大切なものだったのですから。
だから、この映画を以って世界に問いかけたいのは、むしろ『得るもの』と『失うもの』。何かを得るためには、何かを支払わなければならない。では、これから『得るもの』は、『支払うもの』の『代わり』に成り得るのか? その『支払う』が、今後先、二度と手に入れることが出来ないくらいかけがえの無いものだったら?
かつて日本が大切にしていたかけがえの無く美しいものは勿論の事、財やサービスが飽和して、ほいほい転職したり自己の保身のためにコロコロ立場を変える今現代の世界に対する、警鐘のようにも感じる映画です。
ちなみにこの映画ですが、個人的に、主演のトム・クルーズよりも、
渡辺謙の方が、かっこいいというか見ごたえがあると思いました。
アカデミー賞助演男優賞にノミネートされているということですが、これは納得。
そしてお約束。
小雪の白く艶かしい後姿に萌えました。ウヒヒッ。