出だしから映画の感想以外の記述で恐縮ですが。
『ロード・オブ・ザ・リング』や『ハリー・ポッター』は、どちらかというとTeenager以上を対象にした作品なので、ファンタジーの中に、魔法や想像上の動物や地形が縦横無尽に複雑に盛り込むことが出来たんだと思います。
但し、「その結果あれだけの壮大な物語になった」とは思っていません。「複雑であれば誰が観ても壮大だ」というのは、短慮な思考と考えます。『ロード・オブ・ザ・リング』も『ハリー・ポッター』も、小難しい技術を駆使しなくても、それだけでファンタジーを紡ぎ出す事が出来ると思っています。
しかし、『ナルニア国物語』は全くの別。今までのファンタジー映画と一線を画した、正しく王道の童話の世界です。観る人が大人だけでなく、純粋無垢な子供も対象になるから、『誤魔化し』が効かない。既にVFXをバンバン使っているから、その時点で『誤魔化し』なんて効かないだろう、と言う人もいらっしゃるでしょう。でも、巧く言葉には表せないけど、制作者の意図は、ファンタジーの世界に引きずり込みたいのに、技術だけが表面に出て褪めた空気にしたくない、というのがあると思うんです。
『ロード・オブ・ザ・リング』や『ハリー・ポッター』がTeenager以上向けなのは、例え技術が表面に出てしまったとしても、観る人が大人だから何となく「割り切られる」。でも『ナルニア国物語』は違う。子供から大人までの観る人に対し、世界の全てをファンタジーにしたいと願って作られたんだと思います。
だから、この作品の制作陣は、とても言葉で言い表せないほど悩み、苦しんできたんだと思います。
「誤魔化さず、独特の世界に引きずり込み、どっぷりと浸らせる世界を作るにはどうしたらいいか」。血と涙で絶える事の無い日々が続いたのではないのでしょうか。
その故あって、『第1章:ライオンと魔女』は、本当に目の前に童話の世界が繰り広げられているような、適切な表現では言い表せないくらいの素晴らしい映画でした。
当初、この手の映画は視覚効果だけが売り物で話は大した事ないとたかを括っていましたが、その気持ちも全て払拭されるくらいの、かつて子供の頃持っていた冒険心をくすぐる話となっていました。
(原作を読まれた方の話では、非常に忠実に作られていた、とか。)
「この映画の見所は映像技術だけだから!」などと平気でぬかしていた自分が馬鹿みたいに思えるくらい、世界の美しさに魅了される映画です。
先入観は要りません。割り切った考えも要りません。
透き通った心で、ナルニアの世界に文字通り「入る」ことのできる人が、この映画をすみずみまで、且つ奥深く楽しむ事ができます。
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会社の後輩クン(激しいスポーツをするには程遠い体型)と、土日のことで話をしていたときのこと。
「オレ、今度の日曜日久々にサッカーなんスよー。」
「まぁ、サッカー。」
■ 後輩クンにダジャレだと指摘されても、5分間全く気づかなかったこと。
■ ダジャレを言ったつもりはさらさら無いのに、話の流れでダジャレになってしまったこと。
■ ダジャレのセンスが40台近くのオヤジ並になってしまったこと。
そんなこんなで、久々に強烈な自己嫌悪に陥った春先のひと時。orz
「オレ、今度の日曜日久々にサッカーなんスよー。」
「まぁ、サッカー。」
■ 後輩クンにダジャレだと指摘されても、5分間全く気づかなかったこと。
■ ダジャレを言ったつもりはさらさら無いのに、話の流れでダジャレになってしまったこと。
■ ダジャレのセンスが40台近くのオヤジ並になってしまったこと。
そんなこんなで、久々に強烈な自己嫌悪に陥った春先のひと時。orz
ジェイミー・フォックスが演じるレイ・チャールズも、ホアキン・フェニックスが演じるジョニー・キャッシュも、苦しい幼少時代を経て、自分の好きなことで生活したいと願って、でも最初はすごく有名になることは思っていなくて。気づいたら周囲が持て囃すほどの有名になったけれど、それに有頂天になるあまり自分を見失い、他者を傷つけ、最悪の過ちを犯してしまう 。
それでも、この二人が後に至るまでその名を馳せたのは、過ちを犯した経験があったから。どんなに願っても過去に戻ることはできないし、消し去ることはできないけれど、過去の過ちがあり、それに気づいたからこそ、『再生』の道を歩むことができる。
傍から見れば波乱万丈の人生のように見えても、彼らの『彼ら自身』を築き上げていく上では、無視して通ることのできない道なのかもしれません。
そういう意味で言えば、有名人にのし上がった人が一転して転落人生を歩むことになっても、案外侮ることはできないと思うのです。挫折を味わったからこその『今』があるのであり、『挫折』を味わったからこその逆境から脱する強さを持っているのですから。
これから先、僕もいくつ挫折を味わうかが分かりません。が、そんな時こそ、彼ら持ち得た『強さ』を発揮できればと思います。
日頃の、まともにプライベートな時間すら持てない状況の中で観た映画なので、果たして十分に楽しめるかどうか心配だったのですが、本当に良かったです。
特に、今のPOP界に席巻している、ただ喧しいだけの魂がちっともこもっていなさそうな音楽ではなく、適度に心地よく、それでいて気分が乗れるカントリー音楽は、むしろ疲れた体にいい刺激を与えてもらったと思っています。
歌詞もよかったですしね。変に仰々しくなく、歌い手が望んだ『普通の幸せ』に、ほんのちょぴりスパイスを加えたような感じなので、割と素直に受け入れることができました。
カントリー音楽で日々の疲れを癒したい方、是非!!
物語が冒頭に読み上げられた運命の通りにことが進み、最後の最後でその糸が断ち切られるかどうかの分かれ目になる、という話の道筋は個人的に好きな方です。
終わりは分かっている。でも、こんな終わり方は認めたくない。でも運命どおり道は着々と進んでいる。運命を変えられるかどうかの瀬戸際の、ハラハラした空気は、ミステリーやサスペンス映画と同じような感覚にさせてくれます。
が。
この映画、題名も予告もそういった空気を醸し出していたものの、いざ内容を観たら、話の道筋がしっちゃかめっちゃかでした。
登場人物とその立場や立ち位置が様々だったので、見せ方に苦労したんだとは思うのですが、それにしても、シーンがあっちいったりこっちいったり。シーンの移り変わり方に、むしろ不快感を覚えたほど。
おまけに、CGの表現の仕方がアクションエンターテインメントではなく、もはやお子様向け特撮。「もしかして、これ、12歳以下のお子様向け!?」って思ったほどでした。
(まぁ、実際はそんなことありませんが。ちゃんと濡れ場もありましたし。)
それだったら、『HERO』のように、物語とアクション・エンターテイメントを限りなく0:10にするくらいの、本当にアクションを『魅せる』映画にした方が、よっぽど楽しめたのに。
物語もアクションも中途半端なので、何とも映画の世界に浸かることができませんでした。
もしご覧になる方は、物語云々ではなく、単なるアクション映画としてお楽しみ下さい。
まぁ、それでも本っっ当にお子ちゃま向けって感じなので、遠い昔、特撮戦隊に憧れていた時代の少年心を取り戻したい、という人に(笑)。
あ、でも、ロケ地の風景や登場人物の衣装はとても綺麗でした。
電車に乗ってたときの事。前に座っていた外国人のリュックの中身がチラッと見えたんです。
一目でよく分かる、
萌え系グッズがテンコ盛り。
そのまま自分の国に帰って、そのまま日本の文化として伝えられてしまうのかが心配です。
一目でよく分かる、
萌え系グッズがテンコ盛り。
そのまま自分の国に帰って、そのまま日本の文化として伝えられてしまうのかが心配です。
