けれども、仕事柄なのか、『DEATH NOTE』の影響からか(爆)、特に心理戦や頭脳戦といったものにめっきり虜になったワタクシ。この映画を観ていた時も、如何にして先の展開を読み解くか、自分が犯人だったら、如何に完全な犯罪を遂行していくか、自分が被害者だったら、如何に無事に脱出するか、云々考えていました。常日頃無いお頭を無理矢理回転させて。
まぁ、そんな捻くれた観方をしなくても、ありのままの展開を楽しむというのも、心理戦、頭脳戦の映画の醍醐味でもあります。
全編に渡って地味な映画です。アクションシーンはもちろんのこと、派手なシーンも特に無い。人間不信に陥りそうなダークなシーン満載なので、『オーシャンズ11』みたいな感覚で観ようと思ったら、きっとつまらないとお思いになるでしょう。
この映画の最大の見所は、完全犯罪を遂行するための策略と、犯罪者・刑事・弁護士それぞれのやり取り。自分たちがなし得たいことを巧みに守り通しながら、且つ、相手の心理の奥の奥を探りとおす。探られた者が負け。この映画には、純粋に正義と悪にきっかりと分けられるものではありません。更に、相手に心理をつかもうとする言葉巧みな応酬と、明確な先の展開を決して見せないシーンの数々が、「終わりに勝つのは、警察か? 犯罪者か?」ではなく、「この映画の終わりは『何』?」という考えにさせられます。
ただのサスペンス映画で終わらないところが、何とも憎らしいくらいに面白い。
「誰が味方なのか分からない」
犯罪者が完全犯罪を遂行する上で、警察の捜査を撹乱させるための一手法であるのは勿論の事、それぞれの登場人物の立場・地位・秘密が入り混じる中での交渉だからこそ、観る人にはそう思えるのかもしれません。
そして、最後の最後に、完全犯罪を全うするためのトリック。ものの見事にやられました。まさか、最初のシーンがこんなところに仕掛けられていたとは…!
それにしても。
悪に立ち向かう為には、純粋な正義感ではいけないなぁ、とつくづく思いました。
悪に対抗できるためには、何よりも悪を知り尽くしていなければならない。
そして、変に正義を振りかざすよりは、悪を超越するような行動を取らなければ、悪を押さえつけられない。
いやはや、勉強になりますねぇ。
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約1年ぶりに、SFCインテン仲間と飲み会。
一部の人とは時たま会ったり、メールのやり取りをしていましたが、20人以上の仲間と一堂に会するのは約1年ぶり。更に先生も特別参加されていたので、全員が一同に顔を会わせるのは実に卒業してから4年以上ぶりなのかも。
自慢ではありませんが(別に幹事じゃないけど)、4年もの時を経た今でも、これだけの仲間が集まる団体というのは、そうそうあるものではないと思います。
既に一社ないし数社にまたがって転職した人、就職後転職せず邁進して、既に中堅クラスにまで上り詰めた人など、様々な人間ドラマを聴くことが出来たし、高村先生のギターも堪能できたし、本当に楽しい一時を過ごせました。
ここ最近の重ねに重ねた仕事のおかげで、あまり長居はできず、一次会と二次会のほんのさわり程度で僕は帰宅しましたが。
1年前は、自分のやっている仕事が本当にやりたい事なのか、心から誇れる事なのか迷いながら進んでいたため、様々な場で活躍している皆の話を聞いている度に、惨めな気持ちになり、居た堪れなくなった記憶があります。
今は、確かにヘトヘトになるくらい忙しいけど、楽しいし自分にも合っている仕事だと思うので、わりと誇りを持って仕事に携わる事が出来ています。
かといって、1年前と違って居た堪れない気持ちが全く無いというと、そうでもなく。結構飽きっぽい性格も手伝ってか、今の仕事が本当に誇れるものなのか疑問に思える、なんてことが、また来るのでは、なんてちょっとばかり戦々恐々としてたりする自分もいたり、と。
結局中途半端なだけなんですけどね。自分が。
まぁ、今はそれも割り切って、それはそれでいいのかな、とも思っています。
「こうありたい自分像」を見失ってさえいなければ。
彼らに会って、彼らと話をするたびに、自分が「こうありたい」という人間像を再確認する事が出来る。「ああ、そうだ。自分はこういう人間になりたいんだ」と。
今はそうでなくても、これから先、そういう考えが薄れて違う「こうありたい自分像」が生まれてきても、今の自分を再確認できる関係を築けるのは、僕にとってすごく幸せなことなんです。単に自分本位で我侭なことなのかもしれませんが。
そういう仲間や先生と出会えて、一緒に話せてお酒を飲み交わせる関係。
できればこれから先、崩していきたくないなぁ、と、おセンチにも思ってしまいました(笑)
一部の人とは時たま会ったり、メールのやり取りをしていましたが、20人以上の仲間と一堂に会するのは約1年ぶり。更に先生も特別参加されていたので、全員が一同に顔を会わせるのは実に卒業してから4年以上ぶりなのかも。
自慢ではありませんが(別に幹事じゃないけど)、4年もの時を経た今でも、これだけの仲間が集まる団体というのは、そうそうあるものではないと思います。
既に一社ないし数社にまたがって転職した人、就職後転職せず邁進して、既に中堅クラスにまで上り詰めた人など、様々な人間ドラマを聴くことが出来たし、高村先生のギターも堪能できたし、本当に楽しい一時を過ごせました。
ここ最近の重ねに重ねた仕事のおかげで、あまり長居はできず、一次会と二次会のほんのさわり程度で僕は帰宅しましたが。
1年前は、自分のやっている仕事が本当にやりたい事なのか、心から誇れる事なのか迷いながら進んでいたため、様々な場で活躍している皆の話を聞いている度に、惨めな気持ちになり、居た堪れなくなった記憶があります。
今は、確かにヘトヘトになるくらい忙しいけど、楽しいし自分にも合っている仕事だと思うので、わりと誇りを持って仕事に携わる事が出来ています。
かといって、1年前と違って居た堪れない気持ちが全く無いというと、そうでもなく。結構飽きっぽい性格も手伝ってか、今の仕事が本当に誇れるものなのか疑問に思える、なんてことが、また来るのでは、なんてちょっとばかり戦々恐々としてたりする自分もいたり、と。
結局中途半端なだけなんですけどね。自分が。
まぁ、今はそれも割り切って、それはそれでいいのかな、とも思っています。
「こうありたい自分像」を見失ってさえいなければ。
彼らに会って、彼らと話をするたびに、自分が「こうありたい」という人間像を再確認する事が出来る。「ああ、そうだ。自分はこういう人間になりたいんだ」と。
今はそうでなくても、これから先、そういう考えが薄れて違う「こうありたい自分像」が生まれてきても、今の自分を再確認できる関係を築けるのは、僕にとってすごく幸せなことなんです。単に自分本位で我侭なことなのかもしれませんが。
そういう仲間や先生と出会えて、一緒に話せてお酒を飲み交わせる関係。
できればこれから先、崩していきたくないなぁ、と、おセンチにも思ってしまいました(笑)
『感動』とか『素晴らしい』とか、そんな陳腐な言葉では語りつくせない。
気がついたら、大粒の涙が止め処なく頬をつたっていた。
映画を観終わった後でも、胸の奥からこみ上げてくるものが、収まることは無かった。
『若年性アルツハイマー病』
今の医学では、止めることも治すこともできない病気。零れ落ちる記憶を掬い止めることも出来ず、茫然自失のうちに記憶が一つ消え、また一つ消え、自分の無力さにただただ嘆き悲しむ病気。
でも。
それ以上に苦しいのは、そんな苦しむ自分の姿を見て、何も出来ない家族なのかもしれない。
死ぬよりも辛い思いを味わう病気。
もし自分がそうなったら、大切な人を過去と同様に愛せるのか。
もし大切な人がそうなったら、過去と変わりなく愛せるのか。
娘の結婚式の最後のスピーチ。
「新しい命が娘に宿っています。これから、どんどん新しい思い出が増えていくでしょう。」
今にも記憶が消え入りそうな時のこの台詞ほど、辛く苦しいことはないのではないだろうか。
受験の時。
色々な単語や数式を覚えることの毎日に苦痛だった。
でも今は。
記憶があることに、覚えているということに、これほど感謝したことは無い。
それでも、『忘れる』ことの恐怖が消えることは無い。
昨日のことはおろか、大切な人の存在すらも忘れてしまうことに。
大切な人に、自分の存在を忘れられてしまうことに。
「俺が変わってしまっても、俺が俺じゃなくなってしまっても平気なのか」
「私が居ます、ずっとそばに居ます」
「私が居ます、ずっとそばに居ます」
この恐怖を乗り越えることが出来たら、きっと、新しい気持ちで『明日の記憶』を紡いでいけるのかもしれない。たとえ、過去の記憶が風とともに消え去っても、僕たちの心の中には、ずっと、残っているのだから。
観終わった時には最高の気分になっていました。
本当に涙が出そうになったよ!
本当に涙が出そうになったよ!
物語は、よくある、純粋な熱血スポ魂サクセスストーリーなのに、色々な苦難を乗り越えた主人公が、最後にはプレミア・リーグの若手選手としてゴールを決めた際、自分の中の全神経がスタンディング・オベーションしてました。
自分の中でここまで感動の嵐が巻き起こったのは、何といっても、数多く襲い掛かる夢を打ち砕く事柄を目の前にしても、歯を食いしばって、一人になっても黙々と練習をして、栄光を勝ち取ったからでしょう。この映画は、もちろんスポーツのサクセスストーリーですが、同時に、サッカーも、また同じくらいに家族も大切にする、ヒューマンドラマでもあります。
貧困な家族に生まれ、父親からは夢よりも仕事と呪詛のように言い続けられ、自分の体も病魔に冒され、やっとプレミア・リーグのチーム入団のトライアルを受けることが出来ても、他の実力者の壁に遮られ。また、その傍らで、夢半ばで消えてしまう他の仲間も。
夢をかなえるために立ちはだかる障壁がいくつもあるので、客観的に観ると何となく出来すぎのような気もしなくもないですけど、そんなものも補って余りあるくらいに説得力があるので、最後の最後で栄光を掴み取った時の感動は、計り知れないものなんだと思います。
と、ここまで書くと何だかのせられ易い人間だな、と思われてしまいそうですが。
ああそうさ。オレはのせられ易い人間さ 悪い?
結果が分かりやすい映画であっても、いいものはいい。
変に冷めた気持ちで観るのではなく、純粋な気持ちで観てください。観終わった後には、きっと、清々しい気持ちになれると思います。
そして、「夢を諦めない」という気持ちを、ストレートに蘇らせてくれましたので、これから夢をかなえようとする子供は勿論、もう一度あのときの夢を、という大人の方にも向いているのではないかと。
久しぶりにサッカーがやりたくなってきました。左足の手術をしてもう大分経つので、そろそろボール蹴れるかな。練習しなくちゃですね。
壮大なスペクタクルと、その後数多く輩出された、いわゆる『パニック映画』の先駆けとなる映画のリメイク版というだけに、もう壮絶の一言。一瞬たりとも気を抜く事が出来ず、目を逸らしたくなるような大惨事を目前にしているのに、スクリーンから目を離す事が出来ず。
観終わった後も、背筋がゾクッと凍り付いていました。
色々なバックボーンを持つ人が一同に集まり、大惨事の中、協力し合いながら、時には反発しながら危機を潜り抜けていく。敢えて言えば、もうちょっと登場人物の背景や心情を、こんな、いつ死ぬとも分からない、生き残れるかどうかも分からない時だからこそ、何の事情も知らない赤の他人にぶつける、ということがあれば尚良しだったのですが、まぁそれは僕個人の我侭でもあるので。
巨大な豪華客船が、それを上回るローグ・ウェーブ(大津波)という超巨大な自然災害になすすべも無く、息をつく間もなく転覆し、海に飲み込まれていく。沈没までの僅かな時間、刻一刻とタイムリミットが迫る中、何としてでも外に出るためのサバイバルが始まる。
と、非常に分かり易く単純な物語なのですが、いや、純粋混じりっ気なしのスペクタクル&パニック映画であるからこそ、逆に意識と眼を集中して観る事ができたんだと(半ば強制的ですが(汗))思っています。
とにかく、言葉に出来ないくらいの緊迫感の連続。
それは、多分一般家庭のテレビでは味わいないので、是非、劇場でご覧いただければと思います。
船は転覆したが、運命も転覆するのか。
それを受け入れるか跳ね返すかは、ご覧になる皆さんの心次第……(笑)
